なずな日記
2020.08.04
ボランティアなんて、偽善だと思っていました。
暇な人が、いいカッコしたくてするんでしょ?そんなに暇じゃないし。
初めてのボランティアは、東日本大震災でした。
実は…動機は不純なものでした。
当時、なずなが住んでいたのは庶民的な地域でしたが、近くにある、高級住宅街が被災したのです。
なに、あの高級住宅街の人たちが、困っている?困った顔を見に行ってやろう。
そんな意地悪な動機です。
ボランティア当日は、軍手、ジャージ上下、長靴と言ういでたちで、水筒とお昼に食べるパンを持って出かけました。
「それじゃ、行ってくる」
「ん」
まだ生きていたおいちゃんは、文庫本を読んで、ソファに寝そべっていました。
ボランティアの集合場所に行くと、元気そうな若い人がたくさんいました。皆、それぞれに割り当てられた現場に向かいます。
なずなも、とあるマンションの水汲みを割り当てられ、何人かでそこに向かいました。
リーダーは一番年上と思われる女性になってもらいました。
「ボランティアで来ました。水汲みを頼まれたのですが、どうしたらいいですか?」
リーダーが尋ねると、住民と思われる人はリヤカーを指さしました。
「それでは、この水を配ってください」
水の入ったタンクを載せた、リヤカーを交代で運転し、マンションの入り口に置いてあるポリタンクに水を入れて、各階に運びました。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
確か、3階建ての低層マンションだったと記憶しています。入居しているのは年配の人が多く、水を運ぶのも大変なようです。
水を配り終わったのは、2時くらいでしょうか?それから、スコップを洗うのを手伝いました。
隣に若い女性がいます。
「どこからいらしたんですか?」
「ここに住んでいるんです」
「あら、まあ」
女性はスコップを洗いながら言いました。
地震に遭っても、被災した家と、被災しない家があります。自分の住んでいるマンションが、こんなことになって、自分達だけで何とかしないといけないと思うと、すごくみじめな気がしました。でも、こんなにたくさんの人が助けに来てくれて、本当にうれしく思いました。
近くにいた年配の男性も話に加わりました。
他から来た人がこんなに、やってくれているのに、その当事者の入居者が何もしないというのは、どうしたものか。みんなでそんなことも話しましたよ。
その時のなずなの気持ちがわかるだろうか?
恥ずかしい!穴があったら、入りたい!!私ってバカ!!
人の困った顔を見てやろうとか、意地悪な好奇心を持って来てみたのだが、みんな心から喜んでくれる。
純粋に喜んでくれる人を見ると、心も変わって行くもの。
これをさかいに、ボランティアや寄付に目覚めました。出来ることをする。これがボランティアのキモです。
去年の台風19号では、うちの近くにも、被災した家がありました。自転車に乗って現地に向かいました。
なずなが行ったときは、すでにかなりの人が、現場に向かった後でした。
もう、仕事はないのかな?
そこに係の女性が来ました。
「お待たせしました。行っていただくところについて説明があります」
はい、何でしょ?
「皆さんにこれから行ってもらうのは、お墓の隣にある家です。ですから、遺骨が出てくるかもしれません。現に昨日は、遺骨が出てきました。無理だと思う人は手を上げてください」
6人ほどいるボランティアは、大丈夫だというようにうなずいていました。その中には一人の女性も含まれています。
遺骨。遺族には大切な究極の遺品。うちにもおいちゃんの小さな遺骨が、宝物のように取ってある。でも、それとこれとは話が別。
「私、パスします!」
なずなは一人、残ることになりました。
無理はしない。無理をしてはいけないのです。
その後も何日か、家の庭に流れ込んだ土砂を描き取る作業をしたのですが、ボランティアと言うのは、いい意味で無責任でいられます。一緒に作業している人とおしゃべりしながら、楽しく作業をします。
土嚢に土を入れ過ぎると、運ぶのが大変なので、少なめに入れるようにするのですが、つい入れ過ぎてしまう土嚢もあります。
「この重い土嚢、俺が土を入れたやつかも」
「ははは~、ブーメランだな」
アハハハハ…
これを被災した家族がやったら、おしゃべりどころではありません。家族だけの作業では、何日かかるか見当もつかなくて、暗澹たる思いでしょう。
今は新型コロナが終息していないので、被災地でも、ボランティアは県内の人に限っているということです。
なずなも自分では、コロナには罹っていないと思っていますが、やはりここは行くべきではありません。
と言うことで、インターネットを通じた募金、ちょっとばかりしてみました。
葬儀についての資料を
ご送付いたします。