2014年3月(横浜市) 横浜市 横浜市南部斎場

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父は生前より近所を気遣い亡くなった際には自宅へは帰らなくて良い(帰れない)と口にしておりそれを近藤様に話したところ、一度は安置所にお預かりし、近所の方を配慮した夜遅くに自宅に連れ帰り安置してくださることを提案いただき父を家に寝かせてあげることができました。翌日の夜迎えに来た頂きた時はまるで父の姿を隠すような一面の濃霧で、誰にも気付かれる事なく移動することが出来ました。後にこの日の濃霧は忘れられないものになりました。数日置いてお通夜当日に眠っているかの如く綺麗な父に対面することが出来、親戚も日にちが空いたのに顔色がこんなに綺麗なままでと驚いていました。安置所での数日間、手間を掛けて頂いたお陰と感謝しております。

父がなくなり祭壇決めから悩んでいましたが、近藤様の言葉で送る側の思いが花言葉になりその花が祭壇になり1つとして同じ祭壇にはなりません。という言葉通り父への想いとイメージをお伝えしお通夜当日斎場に入った途端「あぁ父がここにいる」と家族から父への想いは全て表されているという感動と感謝の気持ちでいっぱいでした。祭壇は父の故郷である鹿児島・桜島を生花で表されていました。煙を胡蝶蘭・空を飛ぶ鳥をカサブランカを使って頂き設定金額では到底出来ないものを作って下さり飾って頂きました。供茶の器には桜島が描かれているものを準備いただくなど、細部まで心尽くしをして頂き一つ一つに感動しました。近藤様が式の最中話してくださった、桜島の名前の由来が心に響き、お墓の何処かにさくらの花びらをと思い描く絵柄を探しましたが見付からずにいたところ、会津塗りで描かれた桜の花のお位牌に出逢う事ができました。お店の方に葬儀の際の話をしましたら、さくら葬祭の生花部の方を知っているそうで話が盛り上がり閉店時間まで話し込んでしまいました。遠くから掛け付けた父の長兄・次兄と家族・親戚の皆々から当日も帰ってからの電話でも数々の葬儀に出たがこんな立派な素晴らしい葬儀に出たことがなく、本当に良い葬儀をあげてくれたと何度もお礼を言われました。スタッフの方々の気配りには会葬頂いた方々からもお褒めの言葉を頂きました。私達親族は一番前で父を見つめていたので全体を把握することは出来ませんでしたが後から後から色々な話を聞き改めてさくら葬祭の方々にお願いし良かったと感謝の気持ちで一杯です。本当にありがとうございました。

告別式は大雪の中帰りのタクシーが手配できず困っていたところ、大阪まで変える老齢の次兄夫婦を近藤様に新横浜駅まで送って頂き、能見台へ送った後雪の中立ち往生されてしまったことを聞きました。西見様にはお骨と遺影と共に母と弟を送って頂き本当にありがとうございました。ご好意でそこまでして頂きるところは無いと家族一同頭の下がる思いでいっぱいです。この先悲しい時が訪れた際には迷わずさくら葬祭へご連絡させて頂きお世話になりたいと思います。

3月21日が四十九日ですが3月22日にお墓が出来上がり3月29日に納骨と共に四十九日法要を執り行う予定です。葬儀までの間何度も質問をし、そのたびに丁寧に回答頂き何の不安もないまま、当日を迎え終わった後も家族全員が父らしく送り出せたという満足感で一杯です。葬儀後もご住職への連絡、法要時のお布施、手続き等教えて頂きありがとうございました。家に飾らせて頂いた供花も3月8日まで綺麗に咲き誇りお線香をあげに来てくれた方々にも立派なお花だと褒めて頂きました。スタッフの皆様にも良くして頂き本当にありがとうございました。音楽葬の素晴らしさは皆の心に響き感動し涙を誘うものでした。特に写真を映像化して頂いた物は未だに涙なくしては見られません。

お礼が遅くなり申し訳ありませんが心ばかりのお菓子を同封させて頂きますのでご笑納頂き皆様で召し上がって下さい。最後になりましたがさくら葬祭の益々のご発展をお祈り申し上げ家族一同を代表し御礼とさせて頂きます。

さくら葬祭にご縁でき本当に良かったと感謝の気持ちで一杯です。本当にありがとうございました。今は何の後悔もなく毎日父の遺影に話しかけ笑顔を向けられ元気に過ごせてます。筆不精でお礼が遅くなった上、感謝が言い表せなく不甲斐ないです。乱筆乱文をお許し下さい。

最後にお手数をお掛けいたしますが同封のお手紙をご担当頂きました西見様・能見台の自宅へお送り頂き雪の中立ち往生してしまったスタッフの方へお渡しください。くれぐれも宜しくお伝えください。本当にお世話になりありがとうございました。

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